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札幌家庭裁判所 昭和56年(家)736号 審判 1981年5月12日

申立人 丹野アサ子

主文

申立人の氏を「高田」と変更することを許可する。

理由

第一申立人は、協議離婚をした夫の丹野芳夫から、同じ氏を使用していることを理由に、再三にわたつて執拗ないやがらせを受けており、この機会に婚姻前の氏に是非とも戻りたいので、主文と同旨の審判を求めて、本件申立に及んだ、というのである。

第二戸籍筆頭者丹野アサ子、同丹野芳夫の各戸籍謄本、丹野芳夫から申立人宛の封書、電報各一通、保護観察官作成の離婚調停立会票写、及び申立人、中田なおみ(申立人の長女)、丹野友子(申立人の三女)、山村清彦(保護観察官)並びに中田一俊(申立人の長女の夫)に対する当裁判所の審問の各結果によれば、次のような事実が認められる。

一  申立人(旧姓は高田)は、昭和三二年六月一九日、丹野芳夫(昭和九年三月一日生、本籍は青森県上北郡○○○村大字○字○○○×番地)と婚姻して、夫の「丹野」の氏を称することとなり、その後、同人との間に、長女なおみ(昭和三二年六月五日生、現在、中田一俊と婚姻)、長男弘和(昭和三四年一月一四日生)、二女政子(昭和三五年一一月一日生)、二男勝弘(昭和三八年一月二七日生)、三女友子(昭和四〇年三月四日生)、四女あき(昭和四七年五月一九日生)、五女りさ(昭和四七年五月一九日生)、三男君夫(昭和五一年二月九日生)をそれぞれ儲け、育児のかたわら、夫の漁業を手伝つて、その本籍地である青森県上北郡○○○村で生活をしていた。

二  ところが、夫の芳夫は、極端に酒癖が悪く、かねてよりアルコール中毒による精神障害の疑いがもたれていて、酒を飲んでは、申立人や子供らに暴力を振うことが繰り返されるばかりでなく、夫芳夫のこのような態度が一向に改められず、毎日の生活を思い悩んだ申立人は、いつそのこと夫の芳夫を焼き殺そうと考えて、昭和四七年七月初旬ごろ、申立人や子供らに暴行を加えたうえ、自宅で酔い潰れてしまつていた夫の芳夫の居宅に放火したが、夫芳夫を殺害するに至らず、結局、同人に入院加療約四〇日間を要する両上肢全面熱傷などを与えるという現住建造物等放火・殺人未遂事件を起こして、昭和四八年七月、青森地方裁判所で、懲役三年・三年間刑執行猶予の判決を受けた。

三  このようなことがあつて、その後、しばらく、夫芳夫は酒を慎しんでいたが、間もなく反省の態度もなくなり、従前と同じように好きな酒を飲み始めて、再び酔つた挙句、申立人らに暴力を振うこととなり、そのうちその程度も嵩じてきて、時には漁場で使用するイカサキ包丁で申立人の頭や後首を切りつけたりの乱暴を加え、その結果、申立人は前後三回にわたり入院加療を余儀なくされたこともあつた。

また、昭和五三年一二月下旬ごろ、夫の芳夫は酒に酔つて、申立人を何処へも逃げて行けないようにしてやると怒鳴りながら、鋏で申立人の頭髪を切り落してしまうということもあつたが、夫芳夫の暴行は、その後も依然として止まなかつた。

四  これまで、申立人は、成長する子供らの生活や将来のことを考えて、夫芳夫からの暴行を忍従してきたが、これにも限界があるとして、遂に同人と離婚することを決意し、昭和五四年一月初旬ごろ、子供のうち三女友子、四女あき、三男君夫を連れて家出し、岩手県九戸郡○○村の実家付近に身を寄せることにしたが、同村の教育委員会では、夫芳夫の承諾がないということで、当時中学校の二年生であつた三女友子の転校願が受理されなかつたため、夫芳夫の許に帰らざるを得なくなり、夫芳夫の母イネに相談したところ、同女から、夫芳夫の行状が悪いとしても、一部の子供を残して家出するという母の行動は、家庭を顧みないことに帰するとして、強く非難・意見されたので、前途を思い悩んで、いつそのこと死のうかと考えたり、残される子供達のことに思いをいたし気を取り戻したりして、あれこれ煩悶するうち、申立人は、同年一月二〇日の深夜、寝つかれないまま、自殺の決意で、しかもそうすれば夫芳夫に対する抗議にもなると考えて、自宅に近い人の現住しない物置小屋へマッチで点火して放火し、同小屋を全焼させるという事件を再び犯すこととなり、この非現住建造物放火事件によつて、申立人は、同年七月一二日、青森地方裁判所で、懲役三年・五年間保護観察付の刑執行猶予の判決を受けることとなつた。

五  申立人が、再び刑執行猶予の判決を受けたのも、夫の芳夫が、その公判廷に情状証人として出頭して、自ら酒を絶つことを誓い、今後とも申立人と暮していきたいと述べ、これにより、犯行の動機や原因となつた家庭内の紛争が解決されるものと期待されたためであるが、その後、やはり夫芳夫の態度は改められなかつたため、同人との円満な家庭生活の望みが絶たれたとして、申立人は離婚調停の申立をなし、青森家庭裁判所における調停の席上で、当初夫芳夫が離婚しないという一点張りで、双方の主張が平行線を辿つていたが、調停委員の説得もあつて、昭和五四年一〇月三日の調停期日で合意に達し、二女政子と二男勝弘の親権者を父とし、三女友子、四女あき、五女りさと三男君夫の親権者を母の申立人とそれぞれ定め、その他の経済的条件(養育料を含めて)の折り合いもないまま、申立人と丹野芳夫は調停により離婚することとなつた。

六  しかし、申立人は、離婚するに際し、引き取ることとなつた子供らの現実面での生活上の支障を考えて、実家の氏である「高田」へ復氏せずに、その後も離婚時に称していた「丹野」の氏を称することにして、戸籍法七七条の二に基づく届出をして、昭和五四年一二月ごろ、自分が親権者となつた子供らを連れて、青森県から札幌市へ転居してきた。

七  ところが、もともと離婚に強い反対の意思を持つていた夫の芳夫は、その直後から、申立人に執拗に復縁を迫つてきて、居住地の青森県から、前記のように転居して来た札幌市内の申立人宅を再三訪ねて来ては、申立人に対し「丹野の姓を変えろ。」「丹野の姓を変えないのなら、俺と一緒になれ。」などと強く怒鳴りちらして乱暴を加え、昭和五五年三月下旬のときには、その事態を見かねた三女の友子が警察へ届け出て、その助けを求めたこともあり、このような根拠のない一方的な仕打ちを避けるため、申立人は、子供らと共に、その後札幌市内で数回住所を変更したが、それでも前夫の芳夫は申立人の所在を突き止めたうえ、迷惑を全く省りみないで、同じような内容のいやがらせの行為を繰り返して、現在に至つている。

八  そればかりでなく、丹野芳夫の申立人に対するいやがらせは、頻繁な回数にわたる電話によつてなされ、その内容も直接家へ訪ねてくるときと同じようなことを、いたずらに怒鳴りまくるだけであつて、その後、申立人側は、これを回避するため、電話を取り払つて、電話局へ預ける措置に出ており、それ以外にも、手紙や電報によるものもあり、その中には意味内容が他人には理解できない部分もあるが、その意図するところは、要するに申立人が現在使用している「丹野」の氏にからませて、申立人に対し復縁を迫るものであり、手紙の内容を例示すると、「アサ子、来るか来ないかを、はつきりさせて、俺に手紙をくれ。もし来ないのなら、俺にも考えがある。」「アサ子が来なければ、二年前の放火の金はアサ子が払え。来るか来ないかをはつきりさせて、返事をくれ。」などというもので、その筆跡からして、いずれも人に書かせたうえ、郵送してきておるものであつて、このような種々のいやがらせの度び重ねにより、申立人自身は勿論のこと、同居の子供らも精神的に極度の不安定な状態に陥つており、一方、前夫の芳夫から子供らの養育料等の援助はないが、申立人は札幌市から公的な生活保護を受けて、子供らの養育にあたりながら、日常生活を送つているものの、前夫芳夫からのいやがらせの中で、いつまでも子供らと共におびえる生活に堪えられず、氏の変更も止むを得ないものと考えるに至り、また氏を「丹野」から「高田」に変更したとしても、前夫の芳夫からのいやがらせが解消されるとは必ずしもいいえないが、少なくとも前夫の唯一のよりどころとしている同姓を改めれば、事態が好転するかもしれないし、また自分の気持としても、改氏によつて前夫との訣別というけじめがつけられるばかりでなく、今後芳夫に対してこの点を主張し、同人が復縁を迫る理由のないことを指摘できるものと考えて、本件申立に及んだものである。

第三ところで、昭和五一年の民法等の一部を改正する法律によつて改正された民法七六七条等によれば、婚姻により氏を変更した妻が、離婚するにあたり、戸籍法七七条の二に基づく届出をすれば、離婚の際に称していた氏を呼称することが可能であり、離婚した夫が、これに異を唱えたとしても、これを有効に阻止することができないのにかかわらず、これにいいがかりをつけること自体不当であつて、許されるべきものではないが、だからといつて、このような事情の存在が、一般的に戸籍法一〇七条一項所定の氏の変更の要件を満たすものとは、当然いいえない。

しかしながら、本件においては、離婚した前夫の丹野芳夫が、申立人らに対して繰り返してくるいやがらせは、前記認定のように、離婚するに至つた事情や、同人の性癖をも加えて、その内容・程度・方法がいずれも異常であつて、これを単に不当な行為であるとして看過することができず、これにより申立人らの日常生活に与える影響は甚大であり、これらを、申立人が戸籍法七七条の二によつて届出の際に、予想しえた事情とは必ずしもいいえないこと、かつ前記認定のように、現時点では、申立人の本件申立に及んだ心情を察するに余りあるものと理解できないこともないこと等を合わせ考えて、本件においては、氏の変更についての戸籍法一〇七条一項にいう「やむを得ない事由」にあたるものと判断するのが相当である。

よつて、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野口頼夫)

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